本当に最後なのだろうかと差し迫った実感がないまま最後の日を迎えました。ダイヤ改正から4日後、勇払を訪ねると4つ眼の150が走っていました。終わったことを認識しました。それほどにキハ40は日常的であり空気抵抗のない存在でした。足掛け30年撮ってきた車両です。大きな「お別れ」でした。
お決まりのお別れシーンはありませんでしたが、良き早春の情景(この写真)が撮れました。最終日と言えども、キハ40が走る鉄道風景が撮れる1日と思えば、収穫ありでした。(2026年3月1,3,5,6,11,13日)
3月1日。暦の上では春になりましたが、この日は風速10メートル近い北風に、霧氷の真冬より寒く感じました。遠路はるばるの友人と、始発から浜厚真のお立ち台。
返しはちょうど朝日が昇る計算。その計算は合いましたが、選んだレンズが計算違いの超望遠。朝日は入れられませんでしたが、原野の主エゾシカと紫水のコラボをしっかり撮れました。線路の薄い霜も早春らしくて(^^♪
昨年後半から、よく獲るようになった廃道。原野の真っ只中にいる感じで撮れます。今回は、雪は無く、晴れ間も少ない中でのお題。広角を選択したところ、薄日の逆光でボディの存在感がマシマシ。そのまんまの寒空が撮れました。
恵庭岳も見えています。当地のシンボルなので、私の定番場所に友人をご案内しました。何度も撮ってきたこの景色とキハ40、今回が最後だと思います。
とにかく寒くて寒くて。これを撮って朝の部を終了。午後からは伊達市に向かいました。
3月3日。函館帰りの友人、札幌の友人が勇払に来られたので、ご一緒して午前の往復を撮影しました。前回同様、北風が強い日でした。風が雲を吹き飛ばしてくれました。日高山脈がばっちりです。今回も宗谷色。よく会います。
3月5日。長年SNSでお付き合いいただいている友人さんと、浜厚真駅でリアルご対面。浜厚真のお立ち台で、キハ40を一緒に撮影しました。短い時間でも旅の途中でお会いできて良かったです。
3月6日。午前中は、王子病院で定期検査。異常なしで心も軽く、午後は勇払へ。SNSで交流があり、私の写真集を購入していただいた友人さんに初めてお会い出来ました。この日は久しぶりの海風。煙突の煙を大きく入れて、勇払原野らしく撮れました。
層積雲という珍しい雲がかかった勇払川です。何度撮っても飽きない勇払川河口です。この日も宗谷色でした。
キハ40運用最終日(3月13日)まで、毎日訪問するつもりでしたが、その後は以下のとおり、波乱万丈の日々(;^_^A
・7日(土)春の大雪。除雪で1日が終わる。
・8日(日)家業がピークで、DMづくり等で外出せず
・9日(月)糖尿病クリニックへの定期通院
・10日(火)半年ぶりの体調不良
・11日(水)とりあえず症状は治まる。12日の王子病院を予約。夕方、たぶん最後のキハ40だろうと勇払駅を強行訪問
・12日(木)王子病院で検査。結果から入院・手術は不要と解放される
・そして迎えた13日(金)体調を考慮して午後から日高線へ。
3月11日、最後の訪問のつもりで訪ねた日高線。抜ける空を撮るなら迷わずここです。やってきのは国鉄色。もうこれが最後でもいいかなと思いました。
新千歳空港に着陸する飛行機が頻繁に飛んでいました。もう少しで列車と一緒に撮れたのに‥。キハ150へ1つ宿題ができました。
3月13日。キハ40運用最終日です。風の強い午後でした。北風が雲を吹き飛ばし、日高山脈が姿を現してくれました。道内のお仲間さんと一緒に撮影しました。車両は山明・紫水。この2両は合体すると和の高級感。増結運用でのこの組み合わせには、苫小牧支社のセンスを感じます。まずは、13時台の鵡川行。定番の国道からの撮影です。
遠くの襟裳岬に近い日高山脈まで見えています。鵡川からの返しは超望遠で。特別のHMが無いのも私好み。
次の15時台の鵡川行の後、16時台の苫小牧行がTOPの写真です(この日いちばんのお気に入り)
そして、いよいよ最後の1枚は、勇払川で。通過時刻は18時前。直前に日が沈み西の空がけっこう焼けました。夕焼けが終った後に列車が通過。北風の風紋を強調して撮りました。
ここで撮ったのは私たち3人と他に2名。キハ40の運用最終日にしては、少ない撮影者でした。ほんとにこれで終わりなのかなと、いつもの日高線撮影の感覚で、最終日が終りました。
白老鉄日記vo.276「終わった」でした。
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